2007年01月31日
伏見屋は明治の中頃に下京区で創業し、しばらくして上京区の当地へ引越して
きたそうで、今の建物は昭和2年頃に私の曾祖父が建てたと聞いています。
これだけ長い間商売をやってると、店舗や倉庫にはミステリーゾーン(単に訳
の分からんガラクタの詰まった所とも言う)が何ヶ所か存在します。
←ここもそのミステリーゾーンの一つになります。
時々、古い和釘(格子鋲とか無垢の天井板留め用のイナゴ等)が埋もれてない
かな?と探したりする場所です。
埃だらけで気色悪いのですが、何が出てくるか判らないので、いつもチョッと
ワクワクしながら探します。
数年前、ここでガサガサと探し物をしていると、こんな地図が出てきました。
1色刷りの京都東北部・1/50000地形図(ロシア製の魚眼レンズで撮影)です。
拡大画像(重いので注意!521KBあります)でもディ
テールは解り難いですが、これはレンズのせいではなく、地図の印刷が元々悪い
為です。そこで、図外の読み難い文字を少し補足しておきましょう。
この地形図は、昭和7年6月30日発行で、著作権所有印刷兼発行者は大日本帝国
陸地測量部との表示、定価は拾参銭となっています。
図中の赤いラインはおそらく死んだ父親が引いたものと思われます。私が子
供の頃、
「中学生の時、遠足(軍事教練って言ってたかも?)で琵琶湖まで歩かされた」
と言っていたことを憶えています。この赤いラインの1本は、まさにそのコースに
なっていますし、他のラインも私が中学生の頃「耐寒適応遠足」で歩いたコース
になります。
どうやら戦前から京都の中学生は、このコースを歩かされるようですな。
2007年02月03日
先日UPした地図を手にした事によって、今では完全な市街地(と言っても住宅
地)でキマリンを探してみることになりました。
高校生の頃から、そこには良いサクラがある事は判っていたのですが、あの地
図を見るまでは、「こんな住宅地に居るわけないわ」とずーっと思っておりま
した。どんな場所かと言いますと、
こんなところです。地名としては、京都市左京区松ヶ崎になります。
ご覧のように疏水の両側にサクラが植えられ、そのまた両側はアスファルト
道路となっています。ミクロに疏水縁の斜面だけを捉えれば、キマにとって良い
環境と言えますが、場所が悪い。
現状、既知産地との間は完全に住宅で埋め尽くされ、既知産地からの移動は、
ほぼ絶望的でしょう。ところが先日UPした地図を見ると、生息の可能性が皆無と
は言い切れないような気がしてきます。
というのは、この75年程前には当地の周囲は全て水田となっております。水田
と言っても、現在のように区画整理されてしまった結果、のっぺりとした水田地
帯とは考え難く、小さな草叢が点々と島状にあったり、それらを結ぶ畦は適度に
草が生えていたと想像されます。しかも、今ほどは整備されてなかったであろう
高野川の堤防が交差しています。
これらのことからこの当時に、既存の産地である宝ヶ池や八瀬、そして哲学の
道方面からも当地への拡散があり、今でも世代をくり返しているに違いない!
と思い込むのが私の習性です。
で、やってみたのは2005年06月20日です。結果は、まぁご想像の通りですが、
[ふしみやDB2005]からこの日のコメントを抜き出し貼り付けておきましょう。
『晴れ時々曇り。地図x1地点。良い状態のサクラは多く植えられている。
流石にこのような場所で探すのは無謀か。』
と、ありました…。
2007年02月05日
昨日、02月04日はカミサンと娘の3人で近場にお出かけしておりました。
従って、ネタがありません。
こういう日は例によって[たわごと解説付き画像]です。今日UPするのは画
像撮影だけしておいて、ず〜っと放ったらかしにしておった物です。ようやく、
昨日の日曜日に、添えるべき[たわごと解説]が書けました。
下の表、[たわごと解説付き画像21]に岡山県産ヒメヒカゲをUPしておきまし
た。
2007年02月07日
ネタがないので「棚から一掴み」です。
今日は地図を掴んできました。
私の探索における基本姿勢は、先ず地形図で対象種の居そうな場所を予想して
現地に赴くというものです。従って地形図は必須のアイテムとなります。
そこで普段から、気になる地域が含まれる図幅を、出掛けたついでに買ってお
くようにしています。京都市内には地図専門店が2軒(10年程前には3軒あった)
あるので、わざわざ繁華街にある大型書店に行かずとも1/25000地形図が購入で
きるので、とっても便利です。
私は、中学生の頃から地形図(当時1/25000図は未発行区域が多く2色刷りだっ
た為、主に1/50000を購入)を地図専門店で買い始めたのですが、そのとき驚いた
のは、全国どの場所の図幅でも在庫が有る事と、図幅名をリクエストすると、たち
どころに大机の上に持って来られることでした。
ということで私は、地形図なる物は、こうやってお店の方に出してきてもらい、
目的の場所が地形図上にちゃんと載っている事を確認の上、買うのが当たり前だ
と思っていました。
ところが少し前、京都にA書店ができたときに行ってみると、地形図を買うには
、大きな引き出しを自分で開けて目的の図幅を探すというシステムになっておっ
たので、これまた驚いてしまいました。
こんなしょうもない地図にまつわるお話ですが、シーズンオフなので、もう少
し続けます。
2007年02月09日
この画像は昭和51年にK地図センターではなく、K地図専門店でいただいた国土
地理院発行の「地図一覧図」です。昭和51年ですから今から31年前、私が高校生
だった頃のものです。
ご覧いただいているのはこの「地図一覧図」のごく一部、1/25000図の北海道
部分になります。ご覧のように、浦河や広尾の辺りはほとんど未発行ですし、発行
済みの図幅でも一色刷りの部分が多くあります。この一色刷りの地図なんて、見
難くて、私は、よう使いませんわ。
ここで話の本筋(そんなものあったのか?)から少し逸脱して京都の地図専
門店のお話を少し。
・D地図専門店
現在河原町今出川下がるで看板を掲げている店舗(ここでは地形図を販売し
ていない)ではなく、七本松今出川にあったお店のお話です。
ここは自宅から最も近く、よく買いに行ったお店です。かなり個性的なご主人
が居られ、客の立場からすれば、好き嫌いのハッキリするお店だったと思います
。私はけっこう好きでして、買いに行くと必ず30分以上このご主人と談笑してい
ました。仲良くなるとけっこう気のイイご主人で、破棄しなければならない図幅
を、無料で頂いたりしておりました。
・K地図センター
京大の近所に在るお店です。今でこそ、どこから見ても地図屋さんの店舗に見
えますが、数年前までは普通の居宅でした。しかもお店の方と向き合う場所は、
旧トーヨーサッシ製千本格子引き違いの関東間6尺玄関障子を開けたその場。正
におうちの玄関がお商売のスペースという、目が点になるようなお店でした。
玄関の横には「お気軽にお入りください」という案内が掲げてありましたが、
知らなければ普通は入れないような感じでした。しかしながら、お店の方は皆親
切です。
新装なった今でも、家族だけでやっておられるようなので、とってもアットホ
ームなお店の雰囲気です。
長く書くと、しんどくなってきました。読んでおられる皆さんも、長いのは疲
れますよね。未だK地図専門店の話が残っていますが、次にします。
2007年02月12日
京都市内の地図屋さんのお話、続きです。
・K地図専門店
私が中学生のとき、初めて1/50000地形図を買ったのは、このお店でした。当時
は烏丸通りに面していたのですが、現在はそこから少し東に入った所に移転され
、少々判り難い場所に在ります。
ここでの思い出は、何と言っても環境庁(当時)発行の「現存植生図」です。
地図専門店には、かなりの種類の地図が揃っているとは言え、さすがに現存植
生図の全ての図幅は揃っていませんでした。これを買いに行ったとき、欲しかっ
た図幅のほとんどは揃ったのですが、1種類だけお店に在庫が無く、取り寄せて
いただくという約束をして、このときは帰りました。
1週間ほどしてから、ウラ若き女性の声で伏見屋に電話がかかってきました。
*****以下[電話に出た母親と女性の会話] 但し、想像と脚色を含みます*****
女性:「もしもし、Kバヤシ・チズと申しますが…、Tカシさんはおられますでしょう
か?」
母親:「はっ?Tカシは今現場に出ておりますが…」
女性:「そうですか…、そうしたら、ゲンゾンショクセイズのシングゥが入りました
とお伝え願えませんでしょうか…」
母親:「エエ〜ッ!、“―ソЫ\噂浬欺構蚕”の【シング】が来たって!?」
*****会話の想像と脚色終わり*****
で、現場から戻った私に、母親は注意深く周囲を見回し、嫁さんが近くに居ない
ことを確認の上、こう言いました。
「Tカシ、知らん女の人から、【寝具】が着いたって電話があったけど、あんた
何か、ややこしい事してへんやろなぁ…」
…って、どんな誤解をしてるんや!
確かに普通の人に「ゲンゾンショクセイズ」と言っても意味不明で、「―ソ
Ы\噂浬欺構蚕」と文字化けしたように聴いてしまうのは解りますが、その後
の「シングゥ」は【寝具】じゃなくて、正しくは【新宮】だったんだけどな…。
2007年02月14日
ええ、本筋に戻ります。
10年程前までは、こうして買い込んだ地形図を自分の折り方でたたみ、輪ゴム
でまとめておったのですが、かなりの量になってしまい、収拾がつかなくなりま
した。
そこで当時、T研で販売していた
←のファイルで整理するようになりました。
この商品、T研オリジナルグッズと銘打ち、オリジナルポケットシート5枚(だ
ったかな?)とコクヨのチューブファイルがセットになり、確か¥7000/セット
でした。どう考えても高いように思ったのですが、他に整理する良い方法が思い
つかなかったので、太っ腹にも都合5組程購入いたしました。まぁ、当時はバブル
の残滓が未だあったということなのでしょう。
今では近所の文具屋さんでチューブファイルとコクヨ製の「A4リフィル・キャ
ビネ&LLポケット」を購入し、当時の約1/5の金額で、同数の地形図を整理できて
います。
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